祝!定年。一味違う人生の履歴書 今、輝いている理由
キャッチ
009 國井 正さん Man Kunii


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———本格的にキャリアがスタートしたきっかけは?

子どもにも手がかからなくなった43歳の時、夫が広島転勤になったのを機に、AEONの前身であるアンビック外語学院の広島校で英語講師を始めました。これが私のキャリアの出発点です。新聞の小さな求人広告で見つけた職だったんですけどね(笑)。最初はこわごわでしたが、気がつけば教師研修を任され、教材開発や外国人教師の採用に携わるなど会社の中枢に入り、定年を迎えるまで勤務しておりました。AEONの急成長に伴い、私もどんどん忙しくなっていった感じです。退職後の5年間は港区国際交流協会で翻訳や通訳をしたり、NTTソフトウェアが開発していた遠隔教育システムに顧問として関わったりしていました。

私は若い頃から人生を20年ずつ4分割して考えていました。最初の20年は親や先生に護られた子ども時代、第2の20年は妻であり母である時代、第3の20年は少々ワーカホリックな時代、そして最後の20年は悠々自適に過ごそうと思っていたんです。

ところが6年前、聖徳大学に外国語学科が新設されるので、来てほしいと声がかかりましてね。当時「私はやっぱり一教師」という思いが強くなっていたので、再び教師として教えることにいたしました。当初は新設学科の入学生が卒業するまでの4年間というつもりでしたが、途中で担任を受け持つことになり、2年延長しました。大学は3月末で退職させてもらうよう交渉中ですが、現在手がけているプロジェクトに限定して関わっていく予定で、最後のご奉仕に励むつもりです。

―――最も活躍されたエピソードと、思い出深い失敗談をお教えください。

AEONの教育企画部でオリジナルの教材作りに携わったことですね。それまでは市販の教材を使っており、私も本音では市販のものの方がいいのでは……と懸念しておりました。当時は教材づくりのノウハウに自信がなかったのです。が、「日本人・成人」にターゲットを絞り、日本の英語教育における強い面と弱い面をきちんと踏まえた教材を作ろうと決めて、興味がわきました。そのテキストに込めた工夫は今でも誇りに思っています。

また、「先生の授業を受けて英語が好きになった」と言ってくれる人が多いことは、大いに励みになっています。学生は好きなことは勉強しますからね、その点では彼女たちを信じていられます。

失敗談としては、AEON時代にある会社の名前を間違えてチラシを作り、その会社のクレームが出張先まで届いた時です。重要会議の最中だったのですが、すぐ東京に飛んで帰り、一生分の頭を下げて赦していただきました。その会社の重役さんたちとは仕事を通じた友情があったので、そのサポートがありがたかったですね。おかげで、その会社とはその後も仲良くお付き合いさせていただきました。

―――退職後のご予定は?

今年は6回目の年女。自分の好きなことを好きな時にしてもバチは当たらないかなあと思っています。義理で会う人、義理でする仕事はお断り、わがままに生きます。私は本来なまけものなので、さしあたり予定を入れず、自然体でちんたらしようかな、と(笑)。

とりあえず、読みかけだったり、積ん読だったりしている本を読了したいですね。若い頃から読み終えた本には、しおりを最終ページに挟んで印にしていたのですが、途中に挟んだままのしおりを最後のページに動かすことです。頭を使わない時間も好きなので、下手ながらも刺繍や編み物などの手仕事がしてみたいですね。

3年前に主人が亡くなって、息子たちとも別居しており、今は家に1人なので、お休みの日には学生たちや友人、親戚、ご近所、異業種グループなどなどを招いてホームパーティを楽しんでいます。献立や食器などの記録ノートがあるくらいです。これがまたよい思い出になるのです。

学生たちも、「先生のおうちでクラス会を開いてもいいですか?」なんて言ってくるんですよ(笑)。私の“卒業パーティ”を開いてくれるというお誘いも、あちこちから受けています。他学科の学生にまで惜しんでもらえることが私の誇りです。

―――未来へのビジョンは?

実は友人の息子さんが活動しているスカラシップの一環で、10年前からネパールの女の子に学費援助をしているのです。ネパールは世界最貧国の一つ。その中でも極貧で、上の学校に行けずに泣いていた子です。その子も今では22歳になり、大学の法科で勉強しています。月に2回の文通が楽しみです。日本に招いた時は、我が家に泊まってもらいましたし、私がネパールに行った時は、つきっきりで案内してくれました。カトマンズの福祉小学校とも縁が深くなり、4月には校長の来日を機に田町でイベントを開催します。

その女の子が、現在目指している弁護士に成長するのを見守るのも、大きな楽しみのひとつです。

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輝きの理由 5つのQUESTION
Q1
お手本にしている人は?

中学時代の学年主任、山本幸雄先生と、生涯現役を貫いた『灯し続けることば』等々の著者 大村はま先生

Q2
座右の銘は?

「何もかもできる人はいない。何もできない人もいない」(自作)
「たかが名前、されど名前」(言葉は自作。内容は山本幸雄先生)
「最後まで現役」(できない子を置き去りにせず、できる子も満足させる授業:言葉は自作。内容は大村はま先生)

Q3
健康のためにされていることは?

これでは記事になりませんね、ごめんなさい。特に何もしていません。

Q4
老いを感じるときは?

新しいことを学ぶ気力と能力が減ってきていることにはショックを覚えます。昔なら「解らないことが許せない」と思ったはずなのに、今では「解らなければ、人に頼っちゃおう」とすぐ考えてしまう。その最たるものが、パソコン。随分と長いお付き合いなのに、結局使いこなしていない。「できないと思うと、土俵から下りてしまう」のは、老化現象でしょう。

Q5
ご家族との関係は?

普段は自然体で、それぞれの自主性を尊重し、ことあればみんなで支えるという素晴らしい関係。巧まぬユーモアのセンス、話題の豊富さ、自分で考え、それを言語化する能力、困った人を見過ごせない“おせっかいさ”……子ども時代の家族も、夫や息子と一緒に作った家族も、最高の家族です。家族は、私が外で仕事することにも理解を示して励ましてくれました。

Q5
落ち込んだ時の対処法は?

鈍感なのかな、人生であまり落ち込んだことはありませんが、流産をした時と、親友でもあった夫が亡くなった時の2回は「ミニひきこもり」になりました。復活できたのも、家族や友人の思いやりのおかげです。どうにもならない時には、ありがたいことに救いの手が伸びてくるんです。神さまがにこっとされたときに産声を上げたものですからね。

Q5
物質的な宝物は?

アルバム。幸せな思いだがぎっしり詰まっています。でも、残された人が始末に困らないよう、生きているうちに整理したいですね。

Q5
メンタルな宝物は?

人間です。家族、親戚、友人、同僚、すべて。私は人のおかげで生きているんです。あだ名は「嬢ちゃん婆ちゃん」。この人、放っておくと頼りないから支えてあげましょう、と思わせる天才なんです。

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