祝!定年。一味違う人生の履歴書 今、輝いている理由
キャッチ
009 國井 正さん Man Kunii


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———仕事を通じてのご苦労や、それをどのように克服されたか教えてください。

今では信じられないかもしれませんが、実は私は当時、話すのがあまり得意じゃなく、それほど顕著だったわけではありませんが、少し吃音ぎみだったんです。子供の頃は実況中継の真似もできたのに、大人になって自我が出てきてからその傾向が現れ、特にア行やラ行が出にくく、体調が悪かったりすると朝礼でも「おはようございます」という言葉がとっさに言えなかったりしたんです。

でも、保険会社では喋れないことには、プレゼンテーションもできなければ、後輩の教育もできません。それで一念発起し、本社勤務の時「話し方教室」にトータルで5年ほど通いました。自分がどんどん話せるようになっていくことが、本当に面白くてね。遂には不得意を克服し、インストラクターの資格まで取り、逆に話し方を教えるまでになったんです。はからずもこのことが、保険会社の仕事に不可欠なコミュニケーションの重要な訓練となり、後の広報の仕事にもすごくプラスになりました。その時に話し方を一緒に学んだり、教えたりした仲間たちとは今も交流が続いています。

―――退職された時のお気持ちは? また、退職されてからの経緯をお聞かせください。

定年と同時に関連会社の取締役社長を務め、そこにいる間にNPOの構想を既にしっかり固めていました。関連会社を退任した後の休暇は15日間のみ。毎日忙しいのが習慣になっているので、定年になったからといって、家でのんびり過ごそうとはまったく考えませんでした。私は回遊魚のマグロと同じで、泳ぎ続けないといられない性質なんですよ(笑)。

それから知り合いのPR会社の顧問のような形で手伝ったりしながら、1年後にNPOを設立しました。最初は四谷の小さな一部屋から出発し、4年前に「NPO法人 広報駆け込み寺」として赤坂に事務所を構えました。電車に乗る時「ドアに駆け込まないようご注意ください」というアナウンスが流れますが、うちは駆け込んでもらってもOKという意味合いと、発起人が七人居たので、七人の侍みたいだねというところから、「駆け込み寺」と名づけました。

―――最近、老いを感じる瞬間はありますか?

老いを感じるということも、落ち込むことも特にありませんね。私は今も毎晩、パーフェクトに予定が入っていますし、毎晩予定が入っていることはまったく苦になりません。“飲みニュケーション”も仕事ですからね。人と会うことで情報をたくさん得られるし、アイデアも生まれます。情報は、本になってから読んでも遅い。人が最大の情報源ですよ。「情報」という字は「情けに報いる」と書きますが、コミュニケーションができていない人からはいい情報も入ってこないわけです。

リタイアした知り合いにはよく濡れ落ち葉になって居場所を見出せないという人たちがいますが、事務所も家みたいなものなので、土曜でもほとんど事務所で一週間分の新聞や経済誌などをチェックしています。もちろん、すべて隅々まで読むことはできませんが、目を通しておくことで、皮膚感覚で解りますからね。中堅中小の会社の広報は日経新聞しかとっていないところがありますが、経済情報だけでなくいろんな情報を収集するためにも日経だけでなく、一般紙もとるようにアドバイスしています。インターネットは専ら携帯で見ており、マイメニューに入っている各紙の見出しを朝一番にチェックしています。携帯メールもよく利用しますね。財布を落としても携帯は絶対に落とせません(笑) 

―――これからリタイアされる方にアドバイスをお願いします。

定年10年前ぐらいになれば、自分が会社でどのあたりの地位で終わるか見極めがつくと思います。その頃から、将来どうするか考えて準備しておくべきでしょうね。なんとかなると思っている人も多いと思いますが、定年を迎えてから考えるのでは遅すぎます。働いている間は気づきませんが、定年した後の方が時間が長くあるわけですから。経理などの専門知識がある人は再就職の口があると思いますが、管理部門や営業部門の役員をしていた幹部などは再就職が難しい。えらい人ほど、大変です。会社時代は命令で人を動かしていた人も、定年後は「ただの人」になることを肝に命じていおかなかれば。えらそうにしていては再就職は望めないし、ましてこのリストラの時代に雇ってくれるところなどありません。よくマスコミが「NPOでも作ったら」なんて言いますが、NPOだって簡単にはできません。法人格をとっても、維持するのが非常に大変ですからね。

———家族とはどのような関係ですか?

全く自分たち主体の自由な関係です。保険会社は夜遅いので、若い頃は毎晩残業でしたし、広報になってからは、新聞記者などとの付き合いで、“飲ミニュケーション”による信頼関係を大切にしていましたから、30年以上、ウィークデイに家で晩飯を食ったことがないんです。一種の家庭サービスですね(笑)。

定年になると、たいてい女房を連れて旅行に行くというのが多いようですが、一切どこにも行きませんでした。その代わり、女房は友達と国内外を自由に旅行しています。“亭主元気で留守がいい、女房元気で留守がいい”が、幸せの一番の秘訣ですよ(笑)

———未来へのビジョンは?(これからの自分の役割とは?)

企業の不祥事や事故などが相次ぐ中で、広報の重要性が問われています。広報の対応によっては、企業そのものが潰れてしまう例もあります。そうした中で、広報がしっかりしていれば、企業も安定するし、日本全体の社会も安定します。若い企業家や、若い広報マンをもっと育成していきたいですね。

我々は、毎月、四谷の主婦会館で会員の交流会を開催しています。参加するのは業界も幅広く、企業から自治体までさまざまです。広報は経営機能ですし、何より危機管理が一番重要です。例えば賞味期限切れの商品が消費者の手に渡ってしまったというような場合、基本的には迅速に公表すべきなのですが、中にはそれに難色を示す経営者もいます。しかし、そういうときはまずトップが出て行って謝って改善策などを公表することがリスクを最小限に留める意味で非常に大切なんです。「逃げない、隠さない、嘘を言わない」ということをしっかり啓蒙していきたいですね。

「広報」は「広く報せる、報いる」と書きます。広報には「社会に広く報いる、貢献する」という意味もあるわけです。すべての広報のベースはコミュニケーションであり、コミュニケーション機能の活性化に向けて働きかけていくことが、私のライフワークといえます。


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輝きの理由 5つのQUESTION
Q1
座右の銘は?

「動けば叶う」、「爽やかに、そしてしなやかに」。常に相手の状況に合わせて、爽やかな雰囲気で、しなやかに動きたい。

Q2
お手本にしている偉人(=職業人)は?

中小企業の人でも大企業の人でも、年輩者でも若い人でも、その時々に出会った人たちと分け隔てなく付き合い、学びたい。

Q3
健康のためにされていることは?

以前、腰を壊した時に出会って以来、毎週1回、鍼灸に通っている。万歩計で毎日1万歩カウントするほどよく動いている。何かあってもくよくよ落ち込まない。

Q4
物質的な宝物は何ですか? その理由

「NPO法人 広報駆け込み寺」の事務所。“広報”がいっぱいある空間だと思うから。

Q5
メンタルでの宝物は何ですか? その理由

「NPO法人 広報駆け込み寺」の会員の方々。私のライフワークを支えてくれる人たちだから。

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